第9章 発生と獲得形質の遺伝
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進化と発生
進化は「遺伝する形質が世代を超えて変化すること」だった
生物の変化には2種類あって、世代を超えた変化が「進化」で、世代の中の変化が「発生」だ https://gyazo.com/6f9099e358e77431edb9966f255d2033
発生システムが変化することが進化
ショウジョウバエの発生システム
DNAとmRNAとタンパク質の3つは三すくみなってお互いを作りながらくるくると回っている
生物が生きているときには、この3つがくるくると回っているけれど、最初はどうだったのだろう
ショウジョウバエの母親の卵巣で、ビコイドとナノスとコーダルとハンチバックが発現して、それぞれのDNAからmRNAが作られる そして母親は、これらのmRNAを、あらかじめ未受精卵の中に入れておく
これらの母親のmRNAは母親のDNAから作られたもの
そのため受精卵に入っているビコイドとナノスとコーダルとハンチバックのmRNAとそれから作られるタンパク質は母性効果因子と呼ばれる https://gyazo.com/2eb326abf4cae63de453a9b739722dc3
母性効果因子は、ショウジョウバエの受精卵の決まった場所にある
受精するタイミングでは、ビコイドのmRNAは受精卵の前方、ナノスのmRNAは受精卵の後方にある
コーダルとハンチバックのmRNAは受精卵全体に分布している
その後、それぞれのmRNAからタンパク質が翻訳され始める
ビコイドmRNAが胚の前方にあるので、ビコイドタンパク質は肺の前方だけで作られる
mRNAは胚の前方の膜に固定されているので動かないが、作られたタンパク質は固定されていないので、胚全体へと拡散していく
とはいえ、タンパク質の拡散速度は遅いので、実際には胚全体に一様には広がらない
胚の前方では濃度が濃いが、後方に行くにしたがって濃度が低くなるような濃度勾配を形成する
ナノスmRNAは胚の後方にあるので、ビコイドの場合と逆に成る
コーダルmRNAは胚全体にあるが、コーダルの発現はビコイドタンパク質によって抑制される
ナノスタンパク質と同様の濃度勾配を形成する
ハチンバックmRNAも胚全体にあるが、その発現はビコイドタンパク質によって促進され、ナノスタンパク質によって抑制される
ビコイドタンパク質と同様の濃度勾配を形成する
その結果、ビコイドタンパク質とハンチバックタンパク質は胚の前方で濃度が高いく、ナノスタンパク質とコーダルタンパク質は胚の後方で濃度が高くなるような濃度勾配を形成する
この濃度勾配によって胚の前後が決定される
ここからはショウジョウバエも自分のDNAを使って生きていかねばならない
ショウジョウバエには約1万4000個の遺伝子があるが、その中の数個の遺伝子(ギャップ遺伝子)が、母性効果タンパク質によって発現を促進されたり抑制されたりしながら働き始める その次には、また数個の遺伝子(ペアルール遺伝子)が、今度はギャップ遺伝子によって発現を促進されたり抑制されたりしながら働き始める 遺伝子カスケード
他の動物でも、遺伝子の発現が連鎖的に起きて発生が進んでいくことは共通している
遺伝子が連鎖的に発現していく仕組み
カスケードは分かれ滝のこと
構造遺伝子は遺伝子カスケードの一番下流の遺伝子で、調節遺伝子はそれ以外の、上流や途中の遺伝子といってよいだろう 進化とは発生システムが変化することだが、遺伝子レベルで見れば、遺伝子カスケードが変化することである
遺伝子カスケードの下流にある遺伝子なら、突然変異が起きて少しぐらい変化しても生物の形は変わらないかもしれない しかし、遺伝子カスケードの上流にある遺伝子が変化したら、その変化が色々な遺伝子に連鎖的に影響して、最終的に作られる生物の形は、大きく変わる可能性が高い
しかし、遺伝子カスケードを自由に変化させることができたとしても、どんな形の生物でも作れるわけではなさそうだ
最終的にできる生物の形には一定の制限がある
突然変異そのものにも色々な種類があり、1回の突然変異でどのくらい生物が変化するかは千差万別
突然変異の種類、突然変異の起こるゲノムの位置による ゲノムとは生物の持つ遺伝情報全体のことで、ほぼDNA全体と考えてよい ヒトは2倍体の生物なので、一人がゲノムを2組持っている
変化の多少に関わらず、突然変異が起きた個体にも、必ず自然選択が働く 少ししか変化していなければ、適応度はそれほど変化しないだろう
集団の個体数が少なければ、自然選択の効果は弱くなり、代わりに遺伝的浮動の効果が強くなる その場合は適応度が低くても、突然変異によってできた新形質が集団全体に広がって固定される可能性がある
この場合は1回の突然変異で起きた大きな変化が進化したことになる
断続平衡的な進化において、急速な進化が起きた場合の中には、こういうケースも含まれているだろう
一番大事なところは進化しない
ショウジョウバエは8個のホックス遺伝子を持っており、それがショウジョウバエの体の前後軸に沿って並んだ領域ごとに発言して、体節のアイデンティティを決める
ところが、このホックス遺伝子群がマウスでも見つかり、その後多くの動物で共有されていることがわかった 逆に言えば、6億年以上にわたる動物の歴史を通じて、ホックス遺伝子の基本的な部分は変化しなかったことになる
ホックス遺伝子が変化しなかったメカニズムはおそらく安定化選択 突然変異は動物のゲノムのどこにでも起こり得るからだ ホックス遺伝子が大きく変化すると、その下流の遺伝子カスケードが変化して適応度が大きく下がってしまい、そういう個体は生き残れなかったのだ
現時点では、具体的な仕組みまでははっきりとわからないので、可能性を指摘するにとどめよう
エピジェネティクスとは何か
同じDNAからなぜ異なる細胞になるのか
実は筋細胞になる細胞のDNAと神経細胞になる細胞のDNAは同じではない 両者のDNAが持つ塩基配列は同じだが、DNAが持っている情報は塩基配列だけではない DNAの塩基配列以外の情報が、細胞分裂の前後で受け継がれる現象
エピジェネティクスにはいろいろなものがあり、DNAだけではなくタンパク質も関与するが、いちばん有名なエピジェネティクスはDNAのメチル化 このメチル化シトシンが5番目の塩基のように振る舞って、情報を伝える
筋細胞になる細胞のDNAと神経細胞になる細胞のDNAでは、このメチル化のパターンが異なる
つまり、どのシトシンがメチル化されるかが異なる
獲得形質の遺伝は存在するけれど
このDNAのメチル化の一部は、DNAの塩基配列と同じように、次の世代にも伝わることが知られている
さらにDNAのメチル化は環境によって変化させることもできる
そしてこの変化したパターンは、子の世代にも伝わる
実際に獲得形質の遺伝は存在する
だからといって、ラマルク説が正しいということにはならない 親の世代でよく使う器官が発達すると、その発達した器官が子どもの世代にも伝わるという説
ここでは用不用的エピジェネティクスと呼ぶことにしよう
一方、セイヨウタンポポなどで報告されている獲得形質の遺伝現象は、環境の変化が原因になっている
環境の変化が原因で、DNAのメチル化などのエピジェネティクスが起こったのだ
ここでは、環境要因的エピジェネティクスと呼んでおこう
ラマルク説のような用不用的エピジェネティクスが存在する証拠は今のところない
環境要因的エピジェネティクスは様々な生物で報告されており、その存在は確実
したがって、その意味では獲得形質の遺伝が存在することは確実といってよい
環境要因による獲得形質があることは、それほど驚くことではないかもしれない
たとえば、放射線を浴びればDNAの塩基配列が変化する
そして、その塩基配列の変化は子どもにも遺伝する
もし、環境要因的エピジェネティクスを獲得形質の遺伝と呼ぶのなら、この放射線によるDNAの塩基配列の変化も、獲得形質の遺伝と呼んでいいだろう